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nl/minato_ジェンダー「Personal is Political -私の生き方、社会の在り方-」

ジェンダーにおける日本の社会的背景を紐解く

私たちの違和感のもととなる性差に固定された考え方がどのように形成されてきたのか、ジェンダーにおける日本の社会的背景を探るべく、堅田さんにお話しいただきました。堅田さんご自身も、自分の状況や経験を振り返りながら、自分の苦しさが資本主義やフェミニズムに関わる問題に起因しているのではないかと考えるようになったのが研究を始めたきっかけだったといいます。

レクチャーの中で特に意識させられたのは、経済成長と社会福祉の関係です。資本主義をあらゆるものを商品に変える運動として捉えてみると、賃金を得るために労働力を商品化するという考え方ができます。この労働力商品は単独では存在できず、摩耗する労働力を再び再生産させる必要があります。こうした考えのもと可視化されたのが、衣食住に関する労働、つまり家事労働や育児を指す「再生産労働」という考え方だということがお話の中で分かってきました。

違和感の背景にある経済や福祉の仕組みを一つ一つ解説していく堅田香緒里さん

堅田さんは、日本型の経済成長が長時間労働を美徳とする雇用システムと、”男性が外で働いて、女性が家事/育児(再生産)をする”といった性別役割分業に基づいた「標準家族」モデルに支えられてきたことを指摘します。社会保障制度上でも家族は含み資産と考えられており、特に家庭内の女性が性別役割に基づいて、無報酬の再生産労働を一手に担うことによって、扶養家族として福祉の受給権が発生するという構造が見えてきます。この話を聞きながら私は、結婚や出産をきっかけに女性が仕事を辞めて主婦パートになる現象を思い浮かべました。それぞれに多様な生き方があっていいはずなのに、制度によって特定の生き方や働き方をするように促されているように感じてしまいます。また賃労働における問題を切り取ってみても、賃金・雇用状態の格差やハラスメントなど、構造そのものからくる不平等が浮き彫りになってきました。

制度においても人々の意識においても、生きづらさや貧困は自己責任だという風潮がありますが、経済成長と福祉がトレードオフとなっている社会の構造が、違和感や苦しさの根元にある気がします。1985年に男女雇用機会均等法が施行されたものの、同時に派遣法と年金第三号(扶養制度)が施行され、近年ではキャリアを積んでいく豊かな女性と、派遣法によって貧困に陥る女性の分断も起こっています。

「再生産労働」という考え方と、ラディカルな女性運動

私たちが置かれている環境や社会制度の仕組みについて整理した後に、須川さんとともに「再生産労働」に対する考え方を深めていきました。須川さんは芸術・文化事業に携わってきた背景をベースに、家事労働者の労働運動の支援、再生産労働の価値を根本的に捉え直すための仕組み作りを柱に、リサーチを続けています。

須川さんは、ジェンダーに関わる問題には必ず政治・経済的な不平等があり、個人の意識の変革に留まらず、コレクティブにかつ具体的に解決していく必要があるといいます。その解決の糸口として、再生産労働を切り口として過去の運動の歴史を紹介しました。「マテリアルフェミニスト」と呼ばれる人たちは、共同住宅やインフラをはじめとする建築や都市のデザインを、家事労働を担う女性の目線で考える実験的な試みを行いました。コミュニティを基盤とするユニークなデザインは、当時の女性たちがよりよく生きようとする希望や夢が詰まっているように見えます。また、「Wages for housework movement」という運動では、家事労働に賃金を主張することによって、資本主義経済がどのように、家事労働にただ乗りしているのかというメカニズムを明らかにしました。いずれも、女性解放運動が経済の仕組みそのものを問い直すものでしたが、それゆえに主流にはなりえなかったそうです。フェミニズムにおいても、資本主義経済との親和性が、主流となる流れを決定づけてきたことを知りました。

ジェンダーに関する活動に行き着く前も、どうしたらみんなが働きやすい環境を整えられるかということをよく考えていたという須川咲子さん

さらに須川さんは自らの研究の中で、先進国の家事労働従事者のほとんどが、発展途上国出身で、滞在許可を持てずに、低賃金で働かされていると言います。彼らが自分の国を出て経済的に豊かな国に出向いて働かざるを得ない境遇の背景には、植民地時代から資本主義経済の今に至るまで、先進国から発展途上国へ、男性から女性へ、そして先進諸国の女性から発展途上国の女性への搾取が繰り返されている構造的な問題があります。現在は、先進諸国の女性たちが中心となって議論してきたフェミニズムではないフェミニズムを学ぶとともに、命や生活、環境を維持する再生産労働から、経済や生産活動を動かす方法がないか模索していると締めくくりました。

不法移民について流れるニュースも、遠い国で起こっている出来事として認識していた私は、この社会で生きている限り自分もそうした構造に加担する一人だということに気づき、ショックを受けるととももどかしさを感じました。「私は困っている人が多くいる社会で生きるより、自分の周りにいる人誰もが元気に朗らかに生きていける社会を目指していきたいと思っています。『自分は経験していないから』という言葉で閉ざすのではなくて、他者の苦しみに目を向けて想いを馳せるということを大事にしていきたい」という須川さんの素直な言葉が非常に印象に残っています。こうした思いが彼女の原動力であり、私も含め参加者も共感するところだったのではないかと思います。