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I feel the system is cracking!

9月3日、参加者全員での最初のプログラム、アムステルダム市インターナシ ョナルオフィスディレクターの Sabine Gimbrere さんへのインタビューで、私 からの個別の質問に対して帰って来た予想外の返答が、今回の滞在の目的を再 確認するきっかけとなりました。高齢者の介護を中心とした日本の社会保険シ ステムは高齢化のピークや人口減少によって財政破綻の危機にあり、国は社会 保険サービスの大改革を始めています。高齢者のみならず、子育て支援、障害 者支援、LGBTほか、様々な事情を抱えた人達を地域ぐるみで包括的にケアする プログラムを自治体ごとに立案して推し進めてゆくことが目標として掲げられ ていますが、3年ごとに大きく変わる内容を的確に把握している地方自治体は 少なく、混乱している現場も少なくありません。私も建築家としていくつかの 地方で新しい社会福祉システムのお手伝いをしている中でインクルーシブなコ ミュニティー作りを提案する機会が多くなって来ており、その先例として福祉 の先進国と言われるオランダではどのような政策が行われているのかを質問し てみました。その質問に対する Sabine さんからの答えが、System is cracking in Amsterdam…でした。正直すぎる返答にびっくりもしましたが、彼女は続けて 先進的な試みをしている幾つかの民間団体や場所や建築の実例をあげて、ぜひ 見学をすることを勧めてくれました。続けて LGBT や自閉症スペクトラムなど 様々な事情を抱えている人たちについて、子供の頃から学校の授業カリキュラ ムの一環として正しい知識を習得しておけば、より早い時期に告白する事がで き心理的な負担も少なくなるのでは?という質問を投げかけると、アムステル ダム市では2年前からこうした教育が義務付けられました、という返答。これ もまた、最近の事であったことに驚きを感じました。その背景には LGBT に関 して、ムスリムや敬虔なキリスト教徒のコミュニティーではいまだに家族の理 解も難しく、迫害を受ける危険さえも伴っており、とてもデリケートな状態が あるそうです。日本のように国や行政が指針を示し、その制度に乗っかって地 方自治体や民間の NPO が活動をするのではなく、まず民間団体の固有な試みが あって、それを柔軟に行政が支援しながら徐々に制度化がされている状況なの かもしれないと感じました。認識を新たに、より固有な活動をしている団体の 具体的な事例を採集することをこの滞在の目標にとらえ直しました。

サステイナブルな実験集落 De Ceuvel

9月4日、アムステルダム北部で文化的にも建築的にも実験的な場所の事例と いう友人からの紹介で De Ceuvel を視察しました。あ いにくの雨天で早朝ということもあって敷地内部はひっそりとしていましたが、 陸に固定されたボートハウスの間を縫うように作られた桟橋が楽しく、奥へ奥 へと引き込まれるように散策をしました。偶然、扉が開いていた一艘のボートハウスを見つけて内部の見学をお願いしたところ、ランドスケープデザイナーの友人の事務所で、彼女の活動や、この集落全体の説明をしていただく事ができました。

運河沿いの造船工場跡地に10年間限定で作られた実験村 De Ceuvel

そもそもこの場所には造船工場があって,重金属によって土壌が汚染されていた この土地を国が買い上げ、インキュベーションの場所として10年間無料で貸 し出したそうです。科学者のグループがここを借りて、建築家やランドスケー プデザイナーも参加して、廃船になっていたボートハウスをタダ同然で買い集 めて事務所や研究所としてリサイクルしながら集落を作っていったそうです。

断熱を兼ねた外装で様々にリノベーションされたボートハウス、内部はシンプルな間取り。
地表面や自生する植生を傷つけないように歩行用デッキが巡る集落内部の街並み


下 地表面や自生する植生を傷つけないように歩行用デッキが巡る集落内部の街並み できるだけ地中に傷をつけないように基礎は作らず、コンクリートの基盤の上 にボートハウスを固定し、地上を歩かないように桟橋を作り、桟橋の下に電気 や水道などのインフラを設置してあります。地表面は主に自生する植栽で覆い ながら時間をかけて土壌の再生をすすめているそうで、バイオ技術を利用した 重金属の除去が目下の課題だそうです。ボートハウスの屋根に設置した太陽光

発電で電力を作り、各ボードハウス同士で必要に応じて電力の貸し借りをしな がら集落全体で電力を賄うシステムを作りインターネット上でもエネルギーの 供給と消費のバランスが確認ができるようになっています。Juliette at De Ceuvel 排泄物は各ボード 毎に浄化装置を通してその周りに流し、周囲の植生が衰えれば自分の生活が乱れている事が隣人にもすぐわかる、とのことでした。

カフェのテラス前に広がる集落の中庭スペース、正面のグラスハウスがバイオ浄水システム。
カフェの内装は廃校となった小学校の木材などで自主施工。家具もリサイクル品

また集落全体の排水を植物と魚で浄化するシステムも設置されており見学が可 能となっています。その建物には会議や集会のための貸し出しスペースも併設 されていました。集落の中心にはオーガニックカフェがあり、自家製の果実酒 なども楽しめ、週末には様々な WS やイベントが開催される人気スポットとな っているようでした。また敷地内には何艘かのボートハウスを隣接させて作ら れたホテルや近隣の倉庫を借りて改造工事中のイベントホールなど様々な文化 複合施設として運営がされています。この土地を借りて5年目、残り5年間で リサーチの結果をまとめ、ここで実践されたバイオテクノリジーを使ってアム ステルダム市が近隣地域の再開発を進める計画につなげるそうです。

ボートハウスを集めて作られた浮島のようなホテル

旧刑務所内に大人気レストラン! Refugee company

アムステルダム南部の Wenckebachweg 48 は古い刑務所を再利用してインキュ ベーションの目的で安価で貸し出している建物です。その1部に3年前に開設 された Refugee companyを見学しました。

お堀でぐるりと囲まれた外観は見るからに刑務所。現在は様々な団体のスタートアップオフィスに活用さ れている。

シリアからの難民たちの生活支援のために、私の古くからの友人である建築家 の Femke Bijisma とテキスタイルデザイナーの Fleur の2人が中心になって、建 築家やデザイナー、工芸職人など物作りの技術を持っている難民を自分たちの ネットワークの中に招きいれながら難民たちの職探しのための組織をスタート したそうです。ボランティア活動ではなく難民たちの実益に結びつく活動をす るという主旨で団体名に Company という冠をつけ、同時に難民たちが安全に 匿われるためのシェルターであり、この国の習慣に慣れて新しい技術を身につ ける場所としてこの場所をスタートしました。

難民たちの特技を活かしながら仕事先を探すことが最大のミッション。
シルクスクリーンの台やミシンが並ぶWSスペース。 コンパクトに配置されたオフィス。

刑務所内部の洗濯場を改装したスペースには彼らのオフィス、裁縫やシルクプ リント等の製作ができる WS スペース、ライブラリー、キッチン、中庭に面し たカフェがファッショナブルにデザインされており、この場所で難民たちが作 るバッグやファッションなどのデザインプロダクトを買えるショップも併設さ

れています。カフェは本格的なシリア料理が食べられるレストランとして評判 になっているそうで、事業全体の主軸として新しいメニューやサービスを充実 している最中だとのこと、新事業として始めたコーヒーバーも順調で、今後は 新しいデザインプロダクトも増やしてゆくそうです。3年経った今、Heineken をはじめとする様々な企業からも協賛を得ていルそうです。活動資金の1/3 を 助成金や基金でまかない、2/3 は事業の売り上げからまかなっているとのこと。 また売上の多くはこの場所を使って開催される自主イベントやイベント会場と してのレンタル賃料からの収入で、新しい文化発信ポイントとして成長しつつ ある事が伺われます。

洗濯場をリノベーションしたカフェには大きな洗濯機がそのままディスプレイになっている。
刑務所の中庭に面して作られた café が入口となっている

これらのような民間の実験的な活動が事業として成立している要因には、行政 のフレキシブルな支援体制もあると思いますが、こうした場所が新しい情報発 信の場面としての付加価値をつけながら文化意識の高い市民に積極的に活用さ れている、という気質が感じられました。 オランダは世界の国々との関係を 築きながら人や資金や習慣を取り入れ、新しい文化を発信する事で生き延びて きました、と初日に Sabine さんが話してくださったように、問題を文化として 転換してゆく土壌がこの国にはあるのかもしれないと感じました。

安部良(あべりょう)
建築家
広島県出身 architects atelier ryo abe/一級建築士事務所安部良アトリエ主宰。 AR Award for Emerging Architecture 大賞など、多くの建築賞を受賞。代表作で ある「島キッチン」(香川県豊島)をはじめ、地域性を際たたせながらコミュ ニティーを開いてゆく建築を各地で手がけている。